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人が、かつていたところ ──エデンへ ……

まず自分自身が変わること

 


20012年、今年は、世界の主要な国々の指導者が選挙によって交替することから、世界が大きく変わるだろうと言われてきた。
はたして、どう変わることになるのだろう?


一国平和主義、一国繁栄主義は、気がつくと、20世紀で終わりを迎えていた。
地球を丸ごと失ってまで、優先しなければならない一国のみの価値などないことを、我々の良心は知っているからだ。
 
サプライチェーンという言葉が象徴する、工業製品が一国の工業技術のみで完成することができないことと同じように、平和も繁栄も、一国のみで完結することが不可能な時代を迎えているのを── 昨年は、世界中の人々が実感したのではないだろうか?

我々は、みな道に迷い、道を探している。
その探し方がまちまちで、どの道を選ぶべきか決めるにあったて、互いに批判し合い対立しては、分裂を繰り返してきた。敵対、分裂は、自己中心の位置を、それぞれが離れることができないために起こるものである。
 
それと同じ道理で、世界中の国々が一国中心の考えを捨てない限り、たとえ我々、一人々々が正しい方向を知っていたとしても、この地球の行く道を正しく定めることはできない。
 
近年、地球環境は悪化の一途を辿ってきた。いよいよそれは限界を迎えようとしている。
この危機を回避できる唯一の方法は、世界政府の樹立によって、世界中が一つの環境改善策の基準を共有する以外に、残念だがありえないだろう。
はたして、地球はいつまで持ち堪えてくれるのだろうか?

欧州連合(EU) は、世界政府の可能性を示唆してくれる壮大の実験である。
EUの直面している問題は彼らだけの問題ではなく、世界の統合に黄色信号を灯すものになっている。なんとしても、現在の危機を克服してもらいたい!
そして、アジアも統合を目指して早急に動かなければならないはずである。


どうか、経済連携協定を論じる時、国益国益と、大声を上げないでいただきたい。
もしも全世界が参加する自由貿易交渉が最後に待っているとして、それが世界統合に必要なものだとしたら、それ以前のものは、すべてその通過点に過ぎないということになる。避けて通ることは、時代の要請に逆らうことになるのではないだろうか?
 
それぞれの国の立場から国益を守ることよりも、協定によって大きな痛手を被る国や人々が出たなら、どうやって全体でそんな弱者を支えるか、その方法も交渉と同時に決めようと主張していただきたい。
現にヨーロッパではそのように、それぞれの国益を超えなければならない大変な苦しみを味わっているではないか。


政治の究極的目的は、世界の国々の統合である。
なぜなら、世界が一致して環境問題に取り組まなければ、地球環境が、もう長くは持たないからだ!
そして、世界の貧困問題、食糧問題の解決もそれ以外にない!
世界各国の安全保障の問題を単純化し、軽量化して生じる資金がどれほど膨大なものになるかを想像してみるべきである。


そのためには、対立と分裂ではなく、協調と統合を望むことから始めるべきではないか!
自己中心から逃れて、一つとなることを目指さなければならない。
 
悲観的に物事を見つめ、身の回りのさまざまなものを批判ばかりしている自分自身がまず、変わりたいと願うべきだ。
 
そして多くの人がそうできたなら、
国もそうできるようになり、
世界もそうなることができるようになるのだから。